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広島地方裁判所 平成6年(わ)398号 判決

本籍

広島県深安郡神辺町大字川北八六七番地の三

住居

右同

農業

原田周昌

昭和七年九月六日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官上田高広出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役一年六月及び罰金四八〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金一五万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和六三年ころから平成五年五月まで広島県深安郡神辺町大字川北八六七番地の三の自宅において、主として自己の霊的な能力を発揮して疾病の原因を取り除くという霊的な診療行為を行っていたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、

第一  平成元年分の総所得金額が八八九五万三一五三円で、これに対する所得税額が四〇二九万七〇〇〇円であるにもかかわらず、実際の所得金額には関係なく、ことさら過少な所得金額を記載した所得税確定申告書を作成してその所得を秘匿した上、平成二年二月二七日、同県福山市三吉町四丁目四番八号所在の所轄福山税務署において、同税務署長に対し、平成元年分の総所得金額が三六万三〇〇〇円で、これに対する所得税額が零円である旨の内容虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により、同年分の所得税四〇二九万七〇〇〇円を免れ、

第二  平成二年分の総所得金額が九九六七万八六一六円で、これに対する所得税額が四五六三万七五〇〇円であるにもかかわらず、前同様の手段により所得を秘匿した上、平成三年二月二七日、前記福山税務署において、同税務署長に対し、平成二年分の総所得金額が三五万四五〇〇円で、これに対する所得税額が零円である旨の内容虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により、同年分の所得税四五六三万七五〇〇円を免れ、

第三  平成三年分の総所得金額が一億五六五四万三〇一九円で、これに対する所得税額が七四〇六万七〇〇〇円であるにもかかわらず、前同様の手段により所得を秘匿した上、平成四年二月二五日、前記福山税務署において、同税務署長に対し、平成三年分の総所得金額が二八万〇四〇〇円で、これに対する所得税額が零円である旨の内容虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により、同年分の所得税七四〇六万七〇〇〇円を免れ、

第四  平成四年分の総所得金額が七〇一〇万九一一七円で、これに対する所得税額が三〇八八万九五〇〇円であるにもかかわらず、前同様の手段により所得を秘匿した上、平成五年二月二六日、前記福山税務署において、同税務署長に対し、平成四年分の総所得金額が三〇万六五〇〇円で、これに対する所得税額が零円である旨の内容虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により、同年分の所得税三〇八八万九五〇〇円を免れ

たものである。

(証拠の標目)

判示事実全部について

一  被告人の当公判廷における供述

一  被告人の検察官に対する供述調書二通(検63、64号)

一  赤沢緑(検13号)、荒木克子(検14号)、石井和子(検15号)、井上志保子(検16号)、猪原恵美子(検17号)、上田富佐江(検18号)、宇田サカエ(検19号)、馬越恭子(検20号)、大野玲子(検21号)、大野徳(検22号)、尾迫清美(検23号)、小田修子(二通、検24、25号)、柿原充子(検26号)、酒井秀明(検27号)、妹尾祝子(検28号)、妹尾和雄(検29号)、妹尾須恵(検30号)、多賀由里(検31号)、田頭礼子(検32号)、田尻斉彦(検33号)、田中久美子(検34号)、戸田素子(二通、検35、36号)、中川正博(検37号)、中西由美子(検38号)、難波靖(検39号)、西貴子(検40号)、延近須美子(検41号)、畑田敦美(検42号)、畑田美智恵(検43号)、原田道代(検44号)、福田直美(検45号)、平川ヤエ(検46号)、藤井安恵(検47号)、本多国子(検48号)、増成保枝(検49号)、松浦万由美(検50号)、松本スミヱ(検51号)、松本糸子(二通、検52、53号)、丸山純子(検54号)、水谷ノブヱ(検55号)、本岡範雄(二通、検56、57号)、小川羊子(検58号)、佐藤英子(検59号)、及び若竹マキ子(検60号)の大蔵事務官に対する各質問てん末書

一  大蔵事務官作成の収入金額調査書(検1号)、租税公課調査書(検2号)、水道光熱費調査書(検3号)、通信費調査書(検4号)、旅費交通費調査書(検5号)、減価償却費調査書(検6号)、雑費調査書(検7号)及び調査事績報告書(検61号)

一  検察事務官作成の電話報告書(検62号)

判示第一の事実について

一  押収してある所得税確定申告書一通(平成元年分のもの、平成六年押第八六号の1)

判示第二の事実について

一  押収してある所得税確定申告書一通(平成二年分のもの、同押号の2)

判示第三の事実について

一  押収してある所得税確定申告書一通(平成三年分のもの、同押号の3)

判示第四の事実について

一  押収してある所得税確定申告書一通(平成四年分のもの、同押号の4)

(事実認定の補足説明)

弁護人は、本件各総所得金額は、被告人が設立した宗教法人愛光会に対する寄付金として一時的に保管していたにすぎないから被告人個人に帰属する所得ではないとして被告人の無罪を主張し、被告人も当公判廷において、本件各所得税申告時には本件各総所得金額が自己の個人の所得となるのか否か判らなかった旨述べて、脱税の犯意を否認しているので、以下検討する。

関係各証拠によると、被告人は、昭和五六年ころから判示の自宅で、鍼、灸及び西式健康法による診療を行っていたが、昭和六三年四月ころからは、自己の霊的能力を発揮して、他人の身体の不調や疾病の原因となっている憑依霊や病原微生物を看破した上、これらを右能力を用いて除去することによりその症状を改善軽減するという施術を行うようになったこと、右施術の利用者は、いずれも身体の不調等の症状を訴え、これを改善軽減するため右施術を受けることを目的としており、そのほとんどが医療機関で右症状等について治療を受けた経験があること、被告人は、昭和六三年ころから、有料で右施術を行うようになり、礼金、お布施等の名目で施術の都度金員を受領するようになったこと、その際、被告人は、除去する憑依霊の数などの施術の内容に応じて金額を決定して利用者に告知し、原則として現金一括払いの方法で施術終了後に受領していたこと、利用者も被告人から告知された金額を施術を受けるための費用ないし礼金と認識して、被告人に直接払っていること、一方、被告人は、昭和五五年ころ、仏陀の教えを普及させる目的で宗教法人愛光会(以下「愛光会」という。)を設立することにし、自ら設立代表者となって設立手続を行ったこと、愛光会は、岡山市内に居住する北山勲らが代表役員を務め、右北山所有の土地建物を無償で借り受けて同所を主たる事務所とし、信者を集めて加持祈祷を行う形態の宗教活動をなし、その経費も右加持祈祷料から賄われていたこと、被告人は、愛光会の責任役員の一員となりその会計事務等に関与していたが、右北山と宗教活動に対する方針が異なったことなどから、愛光会の右宗教活動自体には参加することなく、もっぱら前記の鍼、灸等による診療行為や霊的能力による施術に従事していたこと、被告人は、平成五年六月一〇日愛光会の代表役員に就任したが、自宅における右診療行為については、愛光会ないし右北山に全く報告することはなかったこと、また、被告人が施術の利用者から受領した金員を愛光会に報告したり、その会計に入金することはなく、被告人の自宅の金庫に保管したり、自己や家族の氏名や通称名を用いて貯金したり、無記名割引債券の購入資金に当てたほか、一部を自己の生活費等に費消していたことが認められる。

以上の事実に照らすと、被告人の施術の利用者は、いずれも身体症状の改善軽減を目的として右施術を受けていることが認められ、被告人が霊的能力を発揮して行った行為は、診察行為というに差し支えなく、施術の利用者から受領した金員は診察行為に対する報酬であると解するのが相当である。また、右報酬金の帰属主体は、診察行為を行った被告人個人であると認めるのが相当であって、本件証拠を精査するも、右利用者らが愛光会に帰属させる寄付金として被告人に金員を支払ったものと疑うべき余地は認められない。

この点について、弁護人は、被告人が右利用者らから受領した金員を愛光会の宗教活動のための施設建設の費用に当てる意思であったこと、右利用者の中には、被告人の右意思に賛同して金員を支払った者があることをもって、本件各総所得金額は被告人個人の所得には該当しない旨主張し、被告人も当公判廷において同旨の供述をしているが、右は受領金員の帰属主体と最終的使途とを混同したものであって、被告人が受領金員を愛光会の宗教施設建設費にあてる目的を有していたとしても、被告人個人の所得であるとの前記認定を左右するものではない。

以上のとおりであるから、所得の帰属についての弁護人の主張は採用することができない。(なお、被告人の検察官に対する供述調書中には、愛光会の存在について明確に記載されていないものの、被告人の受領金員の使途目的については被告人の公判供述と同旨の具体的供述が記載されているから、被告人の弁解を無視して右供述調書が作成されたものとは認められない。他に、被告人の検察官に対する供述調書の信用性を疑問とすべき点も見当たらない。)

(法令の適用)

一  罰条

いずれも所得税法二三八条

二  刑種の選択

いずれも懲役刑及び罰金刑を選択

三  併合罪の加重

懲役刑について 刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(犯情の最も重い判示第三の罪の刑に加重)

罰金刑について 刑法四五条前段、四八条二項

四  労役場留置

罰金刑について刑法一八条

五  刑の執行猶予

刑法二五条一項

六  訴訟費用の負担

刑訴法一八条一項本文

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 野島香苗)

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